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石川県能登半島中部 災害支援

​令和6年3月8日から令和6年3月11日に私、作業療法士の立花誠也は、医療支援チーム「JMATおかやま」のチームとして石川県能登半島中部への災害支援に参加させて頂きました。

​医師、看護師、薬剤師、作業療法士の4人チームで活動しました。

七尾市の志賀町を中心に各避難所を回り、避難者の状態を確認し、JMATに報告することを主な支援内容として活動させて頂きました。レンタカーを使用し、移動をしていましたが、道路の至る所に亀裂があり、修復した様子もあるものの、タイヤが通る時には車が揺れるなど、まだまだ震災の影響が残っていることがわかりました。

さらに、七尾市を車で走っていると半壊、全壊した建物が目に入り、当時の揺れがとてつもないものだったという事を物語っていました。​

避難所には想像していたよりも、食料や水分が充実しており、薬に関しても、近くの病院で処方をしてもらえるなど、物資に関しては徐々に安定してきているといった印象がありました。生活スペースはダンボール等で仕切られている場所が多く、更衣室や授乳室等は、テントを使っているところが多かったです。

私が訪問した時は、仕事や学校に行ったり、家の片づけをしに行く等、外出している場合が多く見られました。しかし、中には身体の不調を訴えられる方もおられ、聞き取りと施術を行いました。避難所に来てから足のむくみができた人もおられ、下肢のマッサージと適度な運動をするように促したり、エコノミークラス症候群にならないように指導も行いました。

お子さんの事で悩みのある方もおられ、震災のショックで瘦せてしまったり、持病が悪化したりと親としてとても辛い思いを打ち明けられました。

​こういった情報をJMATに伝え、次回へ引き継ぐことで、生活の質が向上できるよう、取り組んできたつもりです。

​支援の一部として午前中のみ外来診療の担当させて頂きました。身体の面で悩みのある方は少ないのか、この日に外来に来られた方は0人で、良い傾向に思えました。

病院内部は、1階に関しては比較的損傷が少なく、リハビリ室等を病室に変えて利用されたりと工夫して生活をされていました。しかし、2階は主に病室となっていましたが、損傷が激しく、支柱の鉄骨が見えていたり、天井が落ち照明を落とさざる負えない状況になっているなど、とても病室としては使えない状況となっていました。3階の手術室も停電と機材の損傷で当面は使うことができないそうです。

​屋外には仮設住宅があり、その中に病室として使用していました。現在、新規での入院は難しく、病院内をいち早く修繕することが課題となっています。

石川県能登半島といえば観光名所の和倉温泉を思い浮かべる方も多いと思います。現在は震災の影響で営業は困難な状態となっています。個人的に海が好きな私は、復興した暁には一度遊びに行きたいと思っています。ここでは伝えることしかできませんが、復興プロジェクトもしているそうなので募金の協力をお願いします。

​石川県で災害支援しながら、美味しい物や美しい風景も堪能することができました。とても良いところだと思いましたので、また、石川県に出向き、少しでも支援ができるよう、美味しいグルメやリラックスできる温泉に浸かり、お金を落としていこうと思います(笑)

​この記事を見た方、もしよろしければ、少額の募金等、少しのお力添えをよろしくお願いします。

まだまだ現地では、厳しい現状が続くと思いますが、いち早い復興が実現しますように心から願っております。

※尚、この記事は一部ライターの主観等が含まれており、事実と乖離している場合がありますことをご了承ください。

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